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2013.07.31 (Wed)

病院の夜警で

その病院は、
表玄関から裏玄関まで真っ直ぐローカが通ってました。

裏玄関は職員専用の出入り口です。そこから入ると、
右側に更衣室、食堂、リネン室、エレベーターと続きます。
左側は厨房、ボイラー室、階段、レントゲン室、手術室。

いよいよ初の見回りです。
先ずは指導通りにボイラーの種火確認。
それを終えて隣の厨房も全体をチェック。
ローカを挟んで厨房の向かいに移動し更衣室もチェック。

さて腹ごしらえに食堂に入ろうとしたその時です。
食堂のすぐ隣はリネン室だと思っていたのですが、
良く見ると食堂とリネン室の間に奥まってもう一部屋あります。
さきほど先輩と一緒のときはうっかり気付きませんでした。
照明の落ちた今はもっと暗い状態で何の部屋か分かりません。

 『はて?何の部屋だろ?』

懐中電灯で部屋の表示を照らし確認してみました。



とその前に、いつもとは違う昨日のメニュー。

130731.jpg

オムレツ。薄塩シャケ。春巻き。ウインナー。
カニカマとオニオンスライスの野菜サラダ。
キュウリ糠漬け。青梅の醤油漬け。
サラミ下敷きタコのタパスとプチトマト。
鶏肉と牛蒡の炊き込みご飯。味噌汁。



懐中電灯の当たった部屋表示にはこうありました。

『霊安室』  

壁を隔てているとはいえ食堂にピッタリ隣接しています。
初めての警備バイトで、夜の一人飯する食堂の真横が霊安室 

 『わしゃ、しばらく固まったわ』

そういえば先輩が、

 『ブンタ君。わしはなこの食堂では飯は食わんよ。
 近くに美味いラーメン屋があるのでそこに食いに行くよ』


と言ってた理由も分かるというものです。
ラーメンが美味いからではなく、先輩もこの部屋で、
たった一人で飯を食うのは厳しいものがあったのでしょう。
当方もさっそく一人飯は断念しラーメン屋に行きました。

ラーメンを食いながら先輩の言葉を思い出しました。
 『ぶんた君。男手が必要な時もある。
 患者さんが亡くなれば看護婦さんの手助けをせなあかん・・・』

何も知らない学生時代。
何でもハイと聞いていた素直な時代。

何の資格も持たない単なる学生警備バイトが、
男だというだけで、見ず知らずのご遺体を
ナースの指示で運んでいいものやらどうやら。

もう少し世間を知っていたなら、
少しは確認で先輩に訊き返すこともできたでしょう。


 10774864.gif


幸いというか当方の日々の行いが良かったためというか、
私が警備担当の日にお亡くなりになった方は誰もおりませんでした。
でも後輩も同輩も全員が一度か二度、
ご遺体を霊安室に運んだとのことでした。

1978年12月31日~3日までの4日間。
当方はその病院で夜を警備バイトしていました。
そのあと下宿先を左京から東山へ引越ししたので、
その年末年始のバイトが最後の警備となりました。

 『懐かしい思い出じゃ』

怖い体験は一度も何もありませんでしたが、
食堂で深夜に一人飯を食うことだけはできませんでした。
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